「私の履歴書」尾身 茂

 今は米国のトランプ大統領に世界が振り回されているが、2020年から約3年にわたって、世界は新型コロナウイルスに翻弄された。

 日本では2020年2月に感染が急拡大してから、2023年5月8日の「5類移行」まで長く悩まされた。自分の生活も、特に仕事を通じて相当な影響を受けたが、比較的感情の起伏は少なかったように思う。相手が自然現象であるため、文句を言っても仕方がないと考えていた。

 ある時期、尾身氏をテレビで見ない日はなかった。氏に対して負の感情を抱いたことは全くなかった。誰もが己のことで精一杯であり、逃げ出したくなるような状況なのに、氏は冷静に発信を続けておられた。尊敬に値すると心から思う。

 2025年3月、尾身氏が日経新聞の「私の履歴書」を連載された。氏は新型コロナウイルス感染症対策分科会の会長として、未曾有の自然災害にどのように立ち向かわれたのか。そもそも、どのような人生を歩んで分科会会長に選ばれたのか。興味深く拝読した。

 最も印象に残ったのは、医師である氏がWHO(世界保健機関)でキャリアを積んできたため、感染症対策を純粋な自然科学の視点だけで捉えていなかったという点だった。

 例えば、研究室にこもってウイルス学を営んできた医師であれば、「わかっていること」のみから導いた意見を提言しただろう。

 しかし氏は、「わからないこと」や(時間をかければわかるかもしれないが)今はわかっていないことを無視せず、経済と感染対策のバランスをとりながら、いわゆる「落とし所」をどこにするかを考慮した提言をされていた。

 前者であれば、一般市民からの批判をかわしやすい。自然科学の手続きを経て得られた情報があれば、提言者を守る盾となるだろう。

 一方、後者はどんな提言をしたとしても、経済優先の意見を持つ者からも、感染対策優先の意見を持つ者からも批判される。確たる情報がないため、批判をかわす術がない。まさに損な役回りである。

 でも、僕らの生活にとって本当に有益なのは、前者よりも後者だと思う。前者が全く役に立たないとは言わないが、世の中には「わからないこと」の方がずっと多いのだから、わからないなりに考えて行動しなければならない。その際に参考になるのは、やはり後者である。

 今回の「私の履歴書」では、そのあたりの苦労話を多く知ることができた。本当に頭が下がる。感謝したい。


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