「高知競馬」という仕事

 ある競馬関連の本を読んでいたところ、地方競馬の窮状について言及されていた。

今回も「地方競馬の窮状」についてChatGPTに問うたところ、“「高知競馬」という仕事”という高知新聞の連載記事(2002年5月16日〜2004年7月2日, 全5部, 計65回)が表示されたので、インターネット上のアーカイブを一気に閲覧した。

知らない出来事や登場人物について適宜調べながら閲覧したので5時間くらいかかったが、知的好奇心と問題意識を掻き立てられる、読み応えのある連載だった。

最前線の現場(今回は「馬」および騎手、調教師、厩務員といった「馬という自然に相対する者」)がとても困っているが、安全地帯にいる上層部(県、市)はその困りごとに責任を持って向き合っていなかった。そういう論調だった。

公的組織は構造的な問題があっても真に切羽詰まらないと改革されない。ヒトは安全なところにいると、自身が不利益を被るかもしれない、身を切る改革には手を出さないものである。

一応、公的機関に勤務していた経験があるので何となくわかる。

この連載記事を書いた記者の視点が全てだとは思わない。高知県や高知市にも事情があったのかもしれない。

ただ、馬、騎手、調教師、厩務員などが特に苦しい思いをしたのであれば、それはおかしい。少なくとも関係者全員が公平に痛みを分かち合うような改革が必要だったのではないか。

数年内に高知競馬を見に行こうと思う。


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